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学術活動

ミヤンマーでの医療活動

 平成23年10月19日から25日までの1週間、NPOジャパンハートが行っているミヤンマーでの海外医療活動に、ボランティアとして参加してきました。
 これで4回目の参加となりますが、今回初めて当院看護師(坂田明世)も参加することになりました。ワッチェ病院のあるマンダレー地区は、例年と異なり雨季が長引き最初の2-3日は雨が降りましたが、後半は晴れて30°以上の蒸し暑い日が続きました。
 私はワッチェ病院から自動車で40分くらい離れた、マンダレー市内のレストハウスから通いましたが、坂田看護師は病院の近くの僧侶の施設に寝泊まりしました。早朝から境内の掃除、瞑想、朝ごはんの準備、夜は川の水でのシャワー、蚊との戦いで大変だったと思います。
 ワッチェ病院での整形外科関連手術は、相変わらず手指の熱傷瘢痕拘縮と先天異常が多く、1日4-5例を午前9時から午後5時ころまで、昼休みの1時間をはさんで一人で黙々とこなしてきました。手製の手外科手術台を置き、血圧計を空気止血帯の代用にして、日本で買い求めてきた少しばかりの手外科手術器具を駆使して手術を行いました。そして小児であっても麻酔は局所麻酔とケタラール麻酔の併用で手術を行わなければならず、泣いたり動き出すことが多く、かなりストレスを感じました。停電の回数はかなり少なくなり、1日1-2回約5分間くらいまで減っていました。元手術室勤務の坂田看護師の器械出しで、手際良く手術を進めることができました(写真)。またミヤンマー人看護師の器械出し技術もかなり向上しており、日頃の努力が実を結びつつあると感じました。
 これからも1年に2-3回はミヤンマーのワッチェ病院を訪れるつもりです。ミヤンマーの子供たちに会うことも、そしてボランティアで働いているジャパンハートの若い医師や看護師と一緒に仕事をすることも楽しみです。もし希望があれば、看護職にこだわらず当院の職員と一緒にまた参加したいと考えています。


副院長 中原 慶亮

       

「~プラハ、1000年の古都~  SICOT(国際整形災害外科学会)」

 9月6日~9日、チェコの首都プラハで開催されたSICOT(国際整形災害外科学会)に出席しました。ISMISS(国際低侵襲脊椎外科学会)との共同セッションで、腰椎に対する低侵襲固定術について発表してきました。このセッションには21題の発表がありましたが、日本人の発表は一人だけで、ポーランド、ウクライナ、ロシア、ブラジルなど、今まであまり聞かなかった国からの発表が多数ありました。いずれも立派な内容で、低侵襲脊椎手術の世界的な拡がりを感じることができました。学会の合間には、迷路のような路地裏をさまよい、中世へのタイムスリップを楽しみました。プラハは西暦900年頃より建設された町で、1355年、ボヘミア王カール4世が神聖ローマ帝国皇帝となり、プラハに首都をおきました。カール4世は名君と謳われた人物でプラハに大学や聖ビート大聖堂、モルダウ川に立派な石橋(カレル橋)を建設、プラハは中央ヨーロッパ最大の都市になりました。カレル橋は一度も架け替え工事が行われたことがなく、14世紀のプラハの土木技術は相当高かったと思われます。カール4世の嫡男のバーツラフ4世は凡庸な人物で、15世紀はじめにかけて、プラハの教会関係者の道徳レベルは凋落しました。1490年ボヘミア王国はポーランドとハンガリーと融合され、首都はプラハからブダペストに移されました。1526年、ハプスブルグ家がボヘミアを統治し、1918年までオーストリア帝国の支配を受けました。プラハは15世紀のフス戦争、16世紀の30年戦争、20世紀の両世界大戦など、数多くの戦禍にさらされましたが、街は破壊されず、美しい町並みは残されました。1968年にはプラハの春といわれた事件で旧ソビエトから理不尽な蹂躙を受けました。しかし、プラハの市民は忍耐強く民主化をすすめ、1988年ビロード革命といわれる無血革命を成功させました。1992年プラハ歴史地区はユネスコ世界遺産に登録されました。今日プラハは歴史的建築が数多く残存し、宝石のような町と形容されています。ゴシック、ロマネスク、ルネサンス、バロック、アールヌーボーから近代のキュビズムまで、時代を超越したさまざまな建築様式にふれることができます。この美しい街が破壊されず、ほぼ原形で保存されてきたのは、決して奇跡ではなく、プラハ市民のかぎりない郷土への愛情の賜物と感じたプラハの初秋でした。

診療部長 中野 恵介

               学会場正面にて                                   口演の様子

            カレル橋よりプラハ城を望む                    迷路のような路地裏

           旧市街広場から見たパリ通り         オーストリア国境近くの世界遺産 チェスキークルムロフ

       

                         プラハ近郊の世界遺産 クトナーホラ                         

「第24回 日本臨床整形外科学会学術集会・長崎」

平成23年7月17日・18日に長崎ブリックホール・長崎新聞文化ホールにて、
「第24回 日本臨床整形外科学術集会」が開催され、当院から6題の演題発表がありました。

「運動器の非特異性疼痛に対するK点ブロックの経験」
◎中野 恵介、川岸 利光、中原 慶亮、澤田 利匡、八重垣 誠、林 慶充

「再手術を要した手指腱鞘炎症例の検討」
◎中原 慶亮、川岸 利光、中野 恵介、澤田 利匡、八重垣 誠

「腰椎手術患者での排泄に関するQOL評価」
◎中野 恵介、澤田 利匡、八重垣 誠、中原 慶亮、川岸 利光

「骨粗鬆症性椎体骨折に対するHA blockを用いた早期の低侵襲椎体形成術」
◎八重垣 誠、川岸 利光、中原 慶亮、中野 恵介、澤田 利匡

「医療安全対策に対する手術室看護師の役割」
◎山本 かず子、水口 奈緒美、越前 由美子、佐藤根 敏彦、川岸 利光

「当院における腰椎椎弓切除術後患者の活動性と運動機能について」
◎濱田 梨沙、佐賀 真也、山田 哲郎、沢崎 亨、中原 千尋、川辺 智絵、
武内 あけみ、中村 秀恒、中野 恵介、中原 慶亮、川岸 利光

                       

             学会場 長崎ブリックホール                           中野恵介診療部長 発表

               

             川岸利光院長 座長                      山本かず子師長 発表

                       

                平和公園にて                          日本三大夜景

 学術プロクラムでは210題強の演題で、長崎ブリックホールと長崎新聞文化ホールの2会場で行われました。どの会場も日頃の取り組みや、研究を熱弁されていました。当院からは中原慶亮副院長、中野恵介診療部長、八重垣誠医師、山本かず子師長、濱田梨沙理学療法士が発表しました。今回、研修の合間に稲佐山山頂展望台から日本三代夜景を望むことや、長崎原爆資料館、平和公園などの観光、またグラバー園での懇親会などもあり大変有意義な研修会でした。

平成22年度日本臨床整形外科学会研修会に参加して

 平成23年2月13日に開催された研修会に、川岸院長、私、佐藤根、看護師11名、事務職1名の総勢14名の大勢力で参加してきました。川岸院長が病院部会部会長であり、今回の研修会の企画を取り仕切っていて、司会進行役も務めていました。午前中の特別講演1は、武田整形外科院長 武田浩志先生の「肩関節腱板損傷の診断と治療」で、鏡視下肩関節手術について御自身の豊富な手術症例を動画を用いて詳しく、分かりやすく講演されていました。特別講演2は、日本医師会副会長中川俊男先生が「国民の安心を約束する医療保険制度について」と題し示唆に富んだ講演をされました。地域医療崩壊の原因となった卒後臨床研修制度の新しい方式として、医学部卒業生は卒業大学の地元に設置した研修センターを母体として、県内の大学病院や研修病院あるいは県外の関連病院で一定年限研修してもらい、地域医療に貢献してもらうというものです。現在の研修制度は医師個人が希望する病院を選択するようになりましたが、医師の偏在や医師派遣業者の登録医師が増えるという状況になっているとのことでした。また今後憂慮すべきこととして、政府が医療を産業としてとらえ、外国人富裕層をターゲットに医療ツーリズムを奨励し保険外診療で高収入を得、観光業にもメリットがあり活性化につながるというもので、そのような医療機関に高収入を目的として医師が移動するようになると、保険診療の患者への医療に弊害がでて、ひいては国民皆保険の崩壊に繋がるかもしれないとのことでした。メディアは医療ツーリズムを華やかなこととして取り上げていますが、心しなければならないことだと感じました。
昼食をはさんで午後は、パネルディスカッション「チームとして医療安全の向上を目指す」というテーマで4題の講演が行われました。
1.手術部責任医師(麻酔科医):手術安全チェック、手術部位感染予防の現状等
                                高岡整志会病院 副院長 佐藤根敏彦
2.チームにおける薬剤師の役割:持参薬の管理、安全な化学療法、副作用対策、薬剤管理指導等
                                川嶌整形外科病院 薬剤科長 六鵜晶子
3.感染対策チームとしての実践(看護師):院内感染サーベイランス、院内感染のアウトブレイクに対する迅速な対応等
                                船橋整形外科病院 手術室主任看護師 持原美穂
4.医療安全向上を目的とするチーム医療(医療安全管理者):医療安全に関する教育・研修、再発防止策等
                                熊本機能病院 医療安全管理室室長 櫻間博文

 それぞれの病院の職員たちは忙しい中で、医療安全に対して、真剣に取り組んでいる様子が伺えました。私は、手術室では、日ごろの環境整備、機器の整備、洗浄滅菌、手術準備、患者入室から麻酔開始、手術開始、終了まで手順に沿って、確実に業務を行うことの重要性について、また医療安全への配慮と知識・技術の習得を「職人気質」として意識して欲しいということを話させていただきました。
 帰りは、羽田の国際ターミナルへ立ち寄り、社会勉強もしてきました。
 有意義な研修会でした。

 副院長 佐藤根 敏彦

ミヤンマーでの医療活動

 平成23年2月5日から10日までの1週間、NPOジャパンハートが行っているミヤンマーでの海外医療活動に、ボランティアとして参加してきました。
 これで3回目の参加なので、今回はワッチェ病院から自動車で40分くらい離れた、マンダレー市内のレストハウスから通うことにしました。レストハウスといえども、エアコン、温水シャワー、朝食(卵料理、パン、コーヒー)が付いて、しかも宿泊料は6米ドルと大変安く、往復のタクシー代35米ドルを含めても、1日50米ドルでマンダレービール付きのミヤンマー料理で夕食をとることができました。
 昨年の2月に訪れた時と異なり、朝夕は少し寒く上着が必要なくらいでした。しかしこの時期は乾季で雨も少なくベストシーズンとされ、欧米から多くの観光客が訪れており、日本人も数人見ることができました。レストハウスなどを利用すれば、当地での生活費はかなり安く抑えることができるとのことです。
 ワッチェ病院での整形外科関連手術は、相変わらず重度の熱傷瘢痕拘縮が多く、部位は手指、頚部から胸部、足指などに認められていました。前回お願いしていた木製の手の外科手術台が作られており、日本で手の外科手術器具を少し買い求めてきましたので、以前よりあまりストレスを感じることなく手術することができました。また手術室のミヤンマー人看護師の器械出し技術がかなり向上しており、日頃の努力が実を結びつつあると感じました。しかし縫合材料などは日本からの寄付に頼っているため、徐々に不足しているようで、無駄にならないように手術をしなければなりません。
 ワッチェ病院で働いている若いジャパンハート医師や看護師はすべてボランティアで、ここにいる1-2年間は全くの無報酬です。ミヤンマーの人々の治療を通じて、自分たちの医療技術や知識を学ばさせていただいているとの考えからでしょうか。これからも1年に2-3回はミヤンマーを訪れるつもりですが、ミヤンマーの子供たちに会うことも、そして若い医師・看護師と一緒に仕事をすることも楽しみにしています。

 

副院長 中原 慶亮

                  

カンボジアでの医療活動

 平成22年10月13日から19日の1週間、NPOジャパンハートが行っているカンボジアでの海外医療活動に、ボランティアとして参加してきました。
 カンボジアを訪れるのは初めてで、10月はそろそろ雨期が終わる頃とガイドブックに書いてありましたが、一陣の強い風が吹いた後から急に空が暗くなり、スコールのような強い雨が長い時は半日以上も降りました。さすがに晴れ間の日照りは強く蒸すような暑さでしたが、早朝は少し冷え込み長袖が必要なくらいでした。気候が目まぐるしく変わり、体調の維持に注意が必要でした。
 医療活動は、プノンペン市から約60㎞離れた農村にある国立病院の約25床を借りて行われていました。初日の午前は、あらかじめ手術が必要とされた患者が多数外来に集まり、この中からさらに適応を検討し手術予定を組んでいく作業を行いました。治療費が無料ということもあり、飛び入りの患者も多くあり、今回の手術ミッションで消化しきれず、12月にまで持ち越した症例も多数ありました。
 手術は朝の8時から夕方の5時ころまで、1日約8件を4人の医師が交代で行いました。麻酔は局所麻酔かケタラールが主でしたが、必要な時には資格を有する看護師による全身麻酔下で手術ができました。ミヤンマーと異なり手術が深夜にまで及ぶことが少なく(1日のみ深夜の12時までかかりましたが)、還暦の私にとっては体力の消耗が少なくすみました。ただし整形外科関係の手術器械は最小限しかなく、空気止血帯も血圧計を利用して行わなければならず、工夫しながら手術を行うか、日本から持参するしかないようです。
 手術対象疾患の約90%がケロイド、腫瘍、手指先天異常など外見上の異常を占め、外傷や外傷後の障害、骨・関節・末梢神経疾患などの整形外科疾患がほとんどないことに驚きを感じました。カンボジアでは、今後経済の発展とともに交通事故や労働災害事故が増加すると考えられますので、整形外科的治療がますます必要になってくると思います。
 また、ポルポト政権下で行われた150万人の大虐殺で、この国の保健医療施設のほとんどが閉鎖し、国内に生存する医師はわずか43名となってしまったそうです。保健医療行政の改革は、1996年つまりたった15年前から始まったにすぎず、医師などの絶対数はまだまだ足りず、整形外科専門医などはほんの数人しかいないとのことでした。もしカンボジアの若い医師と一緒に手術などを行う機会があれば、技術の移転を含めた医療活動も積極的に行いたいと考えています。


副院長 中原 慶亮

       

国際整形災害外科学会(SICOT)への参加

 2010年8月31日から9月3日まで、スウェーデンのイェテボリで開催された国際整形災害外科学会(SICOT)に澤田整形外科部長とともに参加してきました。この学会に参加するのは3年ぶりでした(前回は2007年のモロッコ)が、会場、運営ともすばらしく、やはり世界中の整形外科医が集まる最大級の学会のひとつと実感しました。学会場はスウェディッシュエキシビションアンドコングレスセンターで、口演会場が6ヶ所とポスター会場、メーカー展示会場がバランスよく配置されていました。自分は頚椎内視鏡手術に関するポスター発表を行いましたが、欧米ではポピュラーではなく人工椎間板のほうに目が向いているように感じました。口演は主に脊椎の発表を聴きましたが、疫学、基礎、臨床の多岐にわたり、内容もしっかりした発表が多いように感じました。自由時間はイェテボリ市内の観光と美術館めぐりで過ごしました。国立美術館は印象派から近代スウェーデン美術まで充実した展示でした。運河とイェータ側のボートクルーズもなかなか楽しい時間でした。
 夜はせっかくの北欧ですので、北海方面で獲れるシーフードをメインとするレストラン2ヶ所に行きました。どちらもミシュランの星を獲得しているだけあり、ワインも含めすばらしいディナーでしたが、コースが終わるまでの4時間は、日本人にとってはちょっと長すぎと感じました。北欧の人はよく我慢するなと感心しました。イェテボリはスウェーデン第2の都市で、人口は50万人ほどの静かで美しい街でした。今回、院長のご厚情により海外での国際学会に出席できました。また中原副院長、佐藤根副院長、伊藤名誉院長、坂巻麻酔科部長、八重垣医師には留守中、ずいぶんご迷惑をかけたと思います。この場を借りて、心よりお礼申し上げます。本当にありがとうございました。

診療部長 中野 恵介

                       

         学会場正面で澤田先生と                    高台から見たイェテボリ市街

               

          ポスター会場にて                      メーカー展示会場での澤田先生

「第23回 日本臨床整形外科学会学術集会」

平成22年7月18日、19日にパシフィコ横浜にて、
「第23回 日本臨床整形外科学会学術集会」が開催され、当院から4題の演題の発表がありました。

「腰部脊柱管狭窄症と頻尿」
◎中野恵介、川岸利光、中原慶亮、澤田利匡、林慶充

「頚椎症性神経症に対する内視鏡下頚椎椎間孔拡大術の短期成績」
◎澤田利匡、中野恵介、林慶充、中原慶亮、川岸利光

「頭頚部不定愁訴に対するK点ブロックの検証」
◎林慶充、川岸利光、中原慶亮、中野恵介、澤田利匡

「脊椎術後患者の安全な飲水対策」
◎長守加代子、田中美智子、田中美佳子、伊藤祐輔、 佐藤根敏彦、川岸利光

                       

         中野恵介 医師                         澤田利匡 医師

               

          ディスカッション風景                      パシフィコ横浜

各演題について、活発な意見交換がされました。
横浜の夏は暑かったですが、意見交換も熱く燃え上がり、お互いに切磋琢磨することができた素晴らしい学会でした。

再びミヤンマーでの医療活動

 平成22年6月18日から24日の1週間、NPOジャパンハートが行っている ミヤンマーでの海外医療活動に、ボランティアとして再び参加してきました。
 ミヤンマーの6月は雨期で、高温多湿の気候であることを覚悟して訪れたのですが、日中は35℃前後の肌を刺すようなきつい日差しで、雨はそれほど多く降りませんでした。そして早朝や夕方は風が涼しく、夜は扇風機だけで熟睡することができました。しかし4月は40°以上の猛暑のため10数人の熱中症死がでたとのことで、4月から5月は避けた方がよいと思われました。
 この暑い中、遠方から徒歩などで治療を受けに来られる方々を見るにつけ、またこの国の人々の人懐っこい笑顔に会うたび、いつも医師としてできる限りのことをしていきたいと思うようになりました。手術は1日約12件を3名の医師で行い、午前9時30分から開始して、終わるのは午後11時過ぎになることもありました。麻酔は、子供から大人まで主としてケタラールと局所麻酔で行うため、術中痛みのため動くことがあり、かなりストレスを感じました。全ての手術を終えた後、1日のカンファレンスを行い、遅い夕食を摂って就眠できるのは12時を過ぎるため、睡眠不足と疲労で身体が徐々に重くなっていくのを感じました。
 整形外科医としては、主に熱傷瘢痕拘縮の手術を行ってきました。当地ではまだ「かまど」でお湯を沸かしたり料理をしたりするため、熱湯や油での熱傷が多いようです。熱傷を起こすと、手指なら屈曲したままバナナの葉でくるんで縛るため、多指に及ぶ強い熱傷瘢痕拘縮が生じてしまいます。さらに受傷後数年たってから受診するため、屈曲拘縮は皮膚のみでなく関節にまで及び、指神経の伸展の制限もあり、拘縮の改善には限界がありました。しかしこの国の人々にもできるだけ日本と同じレベルの治療を行いたいと考えており、次回は簡単な骨・関節の手術ができる手術機械を、日本から準備していきたいと思います。
 今後は熱傷瘢痕拘縮だけでなく、なるべく外来に赴いて整形外科疾患の診察に参加し、手術が必要な疾患の診断に努めたいと考えています。
 11月にはカンボジアでの医療活動に参加する予定ですので、またご報告をさせていただきます。


 副院長 中原 慶亮

       





ミヤンマーでの海外医療活動


 平成22年2月20日から26日の1週間、NPOジャパンハートが行っているミヤンマーでの海外医療活動に参加してきました。
 ジャパンハートの「医療の届かないところに医療を届ける」という基本理念に基づくとともに、若い頃からの夢を追いかけることにもなりました。
 当地では主に熱傷瘢痕拘縮の手術を行ってきましたが、さらに整形外科専門医、手の外科専門医としてできる限りの活動をしていきたいと思います。 今後も引き続き、年に2~3回程度ミヤンマーやカンボジアでの医療活動に参加する予定です。

 副院長 中原 慶亮

ミャンマーでの海外医療活動